高齢化が進む現代日本では、親が認知症を患い介護が必要になるケースは少なくない。
自力生活が難しいなら介護施設への入居や同居介護の流れを検討することになり、親の自宅や所有不動産を売却して費用を確保する方も多いだろう。
日常会話が難しい重度の認知症だと通常の不動産物件は難しいが、成年後見制度を活用すれば売却できる可能性がある。
今回は成年後見人の選定から申し立て、実際に不動産を売却するまでの流れを詳しく解説する。
目次
成年後見制度とは
成年後見制度の目的は、認知症や事故などで判断能力が十分でない人の生活を支援することである。
具体的には成年後見人が財産の管理や各種契約を代行し、本人に不利益な契約を結んでしまったときに取り消すなどのサポートを行う。不動産を不当にだまし取られるなどのトラブルを防ぎ、本人の大切な財産や権利を守るのが後見人の役目だ。
認知症で判断能力が低下した状態では財産の処分は難しいが、本人のためになるなら成年後見人が手続きを代行できる可能性がある。
成年後見制度はあくまで判断能力が不十分な方を支援する仕組みなので、身体的な障害やつらさは対象にならない。
任意後見と法定後見
成年後見制度は「任意後見」と「法定後見」の二つに分かれていて、それぞれ特徴が異なる。
任意後見 | 法定後見 | |
後見人の選定 | 本人が選定 | 家庭裁判が選定 |
手続きのタイミング | 判断能力が低下する前 | 判断能力が低下した後 |
権限の範囲 | 契約で決める | 法律に基づき家裁が決める |
具体的にはさらに細かい差異はあるが、大きな違いは上記の通りだ。
本人に判断能力があるうちに将来の後見人を選定しておく場合は任意後見となる。すでに本人の判断能力が低下している状態の場合は、法定後見が適用される。
任意後見は本人の意思に基づき後見人や権限の範囲を調整できるため、できれば早めに手続きしておくとトラブルを回避しやすいだろう。
法定後見の場合は、本人の判断能力によってさらに後見・保佐・補助に種類が分かれている。
成年後見人の手続き
実際に成年後見制度を活用するための手続きは次の通り。
【手順①:後見人を誰にするか検討・相談する】
最初にやるべきことは、成年後見人に推薦する人物を身内で相談することだ。
未成年や破産者などの欠格事由が無ければ成年後見人に推薦できるが、一般的には親族が候補に挙がることが多い。
ただし法定後見人は家庭裁判所が選任するため、本人や親族の希望が通るとは限らない。家庭裁判所の判断で弁護士や司法書士などが選任されるケースもある。
【手順②:成年後見開始申立をする】
続いて家庭裁判所に成年後見の申し立て手続きを行う。申し立てできるのは4親等以内の家族に限られるが、手続きや書類作成を司法書士に依頼することも可能だ。
医師の診断書や財産目録、親族家系図などの書類を用意した後、家庭裁判所に申し立てする。
一度申し立てすると親族以外が成年後見人に選任されても取り消すことはできないため、十分注意してほしい。
【手順③:裁判所の調査】
申し立て後は家庭裁判所の調査官が本人・候補者と面談し、成年後見人に適しているか調査を行う。
本人の生活をサポートする姿勢なども調査されるため、後見人になった後の生活について考えておく必要がある。
医師の鑑定などが行われることもあるので、審理期間中はスケジュールを調整できるようにしておくのが良いだろう。
【手順④:家庭裁判所が成年後見人を選定】
推薦した人物が適正だと判断されれば、家庭裁判所が成年後見人等を選定して制度がスタートする。
成年後見人の不動産売却許可について
居住用不動産の場合
成年後見による自宅などの居住用不動産の売却については、家庭裁判の許可を得る必要がある。(民法859条の3)
居住用不動産の判定は住民票など戸籍上の状態だけでなく、現在の状況や将来の予定なども加味される点は要注意だ。
例えば老人ホームなどに入居している状態でも、自宅を売却すると将来何らかの理由で退所したときに戻る場所が無くなってしまう。今は住んでいない自宅などの売却でも、居住用不動産にあたるかどうかは確認したほうが良いだろう。
また住環境が変わると認知症の進行に影響を及ぼすケースもあるため、親族との同居などのケースでも必ず許可が下りるとは限らない。
非居住用不動産の場合
賃貸アパートやマンションなどの非居住用不動産の場合、売却にあたって家庭裁判所の許可は不要だ。
ただし正当な売却理由が必要になるため、たとえ成年後見人であっても自由に売却できるわけではない。また後見監督人が専任されている場合は同意が必要となる。
本人の生活費や介護費用確保などの正当な売却理由がないと、家庭裁判所から身上配慮義務に反するとみなされる可能性がある。
また相場より安い価格での売却は、本人のためにならないと判断されることもあるため注意が必要だ。
許可なしで売却したらどうなる?
判断能力が低下した親の不動産を、成年後見人ではない人が許可なしで売却した場合は契約が無効になる。成年後見人の立場でも、居住用不動産を許可なしで売却した場合は同様だ。
もし売買契約が成立した後に事実が発覚して無効になると、契約違反になり違約金などのペナルティが発生する可能性がある。
さらに成年後見人による無許可売却は、家庭裁判所から義務を果たしていないとみなされ解任される恐れもある。
たとえ本人のためであっても、許可なしでの売却はリスクしかない。必ず正規の手続きを踏んで売却をしてほしい。
成年後見人の不動産売却の流れ
成年後見人選定後の不動産売却は、通常の流れと大きくは変わらない。前述したように自宅など居住用不動産の場合のみ許可申請が必要になる。
【流れ①:家庭裁判所に居住用不動産の売却許可申請をする】
【流れ②:不動産会社と買主を探す】
【流れ③:売買契約を結ぶ(停止条件を付けるのが一般的)】
【流れ④:裁判所からの売却許可が下りる】
【流れ⑤:正式契約後引き渡し】
多少順番が前後することはあるが、居住用不動産の売却の流れはおおむね上記の通りだ。
流れ③で成年後見人が売却契約をする場合、「売却許可が下りることで効力が生じる」という停止条件を付けるのが一般的だ。万が一裁判所から許可が下りなくても、契約違反になるのを防ぐことができる。
成年後見人の不動産売却にかかる期間
成年後見人による不動産売却は、通常の手順に加えて次の期間が余計にかかる。
後見人の選任 | 3~4か月 |
居住用不動産売却の許可申請 | 1か月前後 |
非居住用不動産は許可申請が不要なため、プラス3~4か月程度、居住用不動産の場合はプラス1か月程度が相場だ。
ただし親族内での後見人相談がまとまらなかったり、審査に時間がかかったりするケースも考えられる。
成年後見制度を活用して不動産売却を検討する場合、なるべくスケジュールの余裕を設けつつ早めに着手することをおすすめする。
まとめ
成年後見人による不動産売却はかかる期間や人物の選定など不確定要素が多いため、慎重に取り組む必要がある。
ご自身や親族だけで手続きも可能だが、不安なら専門家への相談も検討するべきだろう。
また成年後見人は、不動産売却後もサポートをする義務がある。ご本人や親族としっかり話し合い、理想的な人物を推薦し無理のないサポート計画を立ててほしい。